のろやま

身の回りの小さな発見と驚きを見つける旅に出かけたい

一乗谷界隈

早朝の一乗谷

約400年前に織田信長によって滅ぼされた、朝倉氏の一乗谷

焼き討ちの後、都市化されることなく谷に埋もれていき

かつての都の上は長く田畑として利用されていたため、

非常に良い状態で当時の状態が保存されてることになったとのこと。

朝倉の屋敷跡で睨みをきかせる仁王さんや仏様

早朝の一乗谷を散歩した。

昭和42年というから、私が生まれた頃からちょうど発掘が始まったという。

一体はよく整備され広大な公園となっている。

屋敷ごとに、山からの水引き込み、岩を巧みに配置した庭園が作られている。

この庭を眺めながら一献やっていたのでしょう。

一乗谷朝倉氏の初代、朝倉孝景の墓所は、山の中腹で眼下に一乗谷を見おろず位置にひっそりと鎮座していました。

屋敷から見て、谷の反対側には発掘した後を利用して、当時の武家屋敷が再現された

エリアがあります。

開館時間までまだ時間がだいぶあるので、あたりをゆっくりと歩きます。

武家屋敷跡の通路では、薄絹を被ったお姫様が歩いていらして、思わず見とれてしまいました。

お姫様に会釈して先に進むと、野菜の行商人が店開きしている。

当時の言葉で売り込みされ、ちゃんと値札もついていて、購入することもできました。

なんだか、遺跡散歩だけではない、ほんわかした気分になり、厳しくも慎ましく暮らしていた当時の面影に思いを馳せることができました。

戦国自体の103年間、他国から攻め込まれないという、場所を見事に作ってみせた朝倉氏の手腕により、この地に当時の様々な文化が集約していたのでしょう。

昔田舎にあったと同じような、きちんとしたトイレも有りました。

トイレって、ここ数十年で水洗になりましたが、一昔前まで戦国時代と殆ど変わらない感じだったのですね。

大きな瓶で味噌を作っていた後だといいます。

そう言えば育った家でも、大瓶で漬物を作り、断水のときには水もためていたな。

知恵と工夫で暮らしていた頃

その営みの基本は今もあまり変わらないのでしょう。

その営みの大切な方法を忘れていっているようで少し心配になります。

そんな心配を思いながら、一乗谷を後にして帰路につきました。

良い旅となりました。

次はどこに行きましょうかね。

#越前